ヒト

自らがリスクを取って挑戦する。
だからこそ価値がある。

ヤマガタデザイン代表取締役

山中 大介

ヤマナカ ダイスケ
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慶應義塾大学環境情報学部を卒業し、就職した大手デベロッパーの三井不動産では、商業施設の開発/運営を担当して着々とキャリアを積み重ねてきた山中大介。30歳を前にしたある日、「一度ゼロになりたい」という思いから庄内に移住。“たまたま”のご縁と資本金10万円を基に、新たな道を歩み始めることを決めた。

大学卒業を控え、就職先を探すときの山中の発想は驚くほどにシンプルだった。

「デカいことをやりたい。だったら商社かデベロッパーだろう」

最初に受かったところに入社することを決めており、迷うことなく三井不動産に入社した。担当したのは、郊外型ショッピングモールの開発と運営だ。広大な面積の畑を潰し、あるいは山を切り崩し、更地にゼロから商業空間を作り出す。ダイナミックな仕事であり、実際に交通の流れを変えるほどに土地への影響力を持つ開発事業だ。しかし、ふと一つの思いが頭をもたげた。

「自分はこうやって一生、ショッピングモールを作り続けるのだろうか。一度きりの人生、自分自身が生める最大限の価値を社会に創出したい。それに挑戦したい。自分の向かう先を考えるためにも一度ゼロに戻るべきだと考えました。そんなときにサイエンスパークを訪れる機会をいただきました」

庄内空港を降りて最初に吸った空気

2001年4月に鶴岡市に設置された慶應義塾大学先端生命科学研究所(先端研)で所長を務める冨田勝と、学生時代から面識のある関係だったこともあり、庄内サイエンスパークを見学する機会を得た。実際に訪れたサイエンスパークの規模にも驚かされたが、その背景にある鶴岡市の構想には大きな感銘を受けたという。

「人口減少の一途をたどり、地域の消滅の危機に瀕した庄内地方では、未来を見据えて学術と産業のインフラを整える必要があると歴代市長が考えたことから、庄内サイエンスパークの礎が生まれました。慶應の先端研を招致して、世界水準のイノベーションを発信できる場を作り、そこで学んだ人々が働ける環境を生み出そうと尽力されたのです。その発想と行動力に感動し、自分もこの場所であればゼロから挑戦できると直感し、庄内地方にやってくることを決めました」

庄内空港を降りたときに吸った空気が、まず東京とはまったく異なるものだった。海とも山とも川とも近く、四季を通じて豊かな自然から美味しい食文化が生まれている。そして、東京とは確実に違う時間が流れている。山中は慶應の先端研から生まれたバイオベンチャー企業であるスパイバー社への入社を決めた。

「スパイバーの代表執行役である関山和秀さんと一緒に飲んだときに、自分がすごくちっぽけに思えたんです。というのが、関山さんや共同創業者の菅原さんはすごく優秀な方ですから、それこそアメリカのシリコンバレーとかで研究者として働いたら、そっちの方が目先のお金を稼げるかもしれない。それでも、まだ開発が始まったばかりの庄内で挑戦することを選んだわけです。

彼らは、自分が社会にとっての価値を生むためにどれだけリスクを負っているか、ということを競っていたんです。そういう尺度での競争があることに衝撃を受けましたし、実際に彼らがとっているリスクはハンパじゃない。自分もそこに負けたくないと思ったことも、庄内に来た大きな理由の一つです」

資本金10万円でヤマガタデザイン創業

スパイバー社に入ると、同社が開発に成功した新素材の商品化を推進する部門に所属する。しかし、その2ヶ月後にはヤマガタデザインを立ち上げ、再び街づくりの仕事へと専念することとなる。

「当時サイエンスパークは行政主導の開発に一つの区切りがつき、その後の展開についての方向付けが求められていました。しかしながら、人口減少が続く地域で、行政単独での開発を加速させることのハードルはとても高い状況でした。私は“たまたま”前職が街づくり会社で、“たまたま”その時期に庄内にいたため、行政の方々やサイエンスパークの機関/企業に、民間主導での開発ができないか、相談を受けることとなりました。大手企業が投資に尻込みをするような地域ですが、私自身それを運命と考え、私がやりましょうと勢いで引き受けたことが全ての始まりでした」

2014年のことだった。
設立時資本金はわずか10万円であった。
山中は早速全体の構想策定と具体的な開発業務に着手をしたのだが、意外な事実を目の当たりにする。

「サイエンスパークの開発には行政のサポートが入っているわけですが、土地の地権者さんは地元の農家の方々だったんですね。それで一軒ずつ回って、サイエンスパークの凄さや今後の構想を語って協力を仰ぐんですけど、まったく響いてくれないんです。『外から来た人たちが勝手にやってるんでしょ』くらいの感じで。そもそも慶應の先端研が来たところで地域のために何をやってくれるんだっていう声は大きかったようですし、計画に反対する地元の方々も多いことに徐々に気づかされました」

Iターン向けの街づくりを前提とした開発構想は、根底から覆された。サイエンスパークの開発に求められることは、Iターンの人も、地域の人も、みんなが喜ぶ形でなければならない。山形庄内で暮らすという共通項を持つ人々が、仲良くなる場所でならねばならない。山中の進むべき方向性が定まった。

地域とサイエンスパークのハブを作る

「最初はサイエンスパークという施設は地域と外の世界との結節点として整備すれば良いと考えていたので、まずは地域が外からお客さんをお迎えする機能が必要だと考えました。しかし実際には、まずサイエンスパーク自体が地域に受け入れられる必要がある。それらを同時に実現することをコンセプトに据え、『SUIDEN TERRASSE』と『KIDS DOME SORAI』という2つの施設にたどり着きました。これらはざっくりと、大人の交流施設と子どもの交流施設です」

バイオ系の学会がサイエンスパークで行われたとしよう。鶴岡は世界最先端のメタボローム解析技術を誇っており、学会には世界各国からの来場者が見込まれる。学会への参加と快適な滞在を両立させるために、会場とホテルは隣接していた方がいい。サイエンスパーク内にホテルを作る一つの意義はそこにある。しかし、山中がそうした短絡的なコンセプトに固執することはない。

「何よりも地域にこのホテルを面白がってもらうことが大切だと感じています。そのために、ホテルに付随する様々な機能(レストラン、スパ&ジム、会議室など)を日常的に利用できるような形態とし、地元の人に愛着を持ってもらうこと、そして“おらがホテル”に外から人をお招きしたくなるような雰囲気を創出することがこの施設の大きな目的の一つです。ジャンル分けをするならば、コミュニティホテルという位置付けでしょうか」

自身が3人の子を持つ父親であり、街づくりにおける地域の子育て環境の重要性を感じた山中は、子どもたちの創造力と運動能力を存分に発揮させる遊戯施設も計画した。その名前は、江戸時代に徳川吉宗の政治的助言者を務めた儒学者の荻生徂徠が確立し、庄内藩の教育の基本となった「徂徠学」に由来する。個性の伸張を肯定し、芸術や文化的な創造性を促進する考えが基本にある学問だ。

「Iターンだとか地元出身だとかに関わらず、子育ては共通のテーマです。この地域には教育に対する素晴らしい考え方が脈々と受け継がれています。私たちはその考え方を温ね、新しく子どもたちの本能や創造性に働きかける施設を実現します。私自身も3人の子どもをこの地域で育てるわけですから、自分ごととして、子どもたちが、より善く育まれる環境を整えたいですね。」

SUIDEN TERRASSEとKIDS DOME SORAIは今年、開業を迎える。

圧倒的な地域からの支援と次のヴィジョン

「ここに来て人々のメンタリティとして驚かされたのは、ヤマガタデザインを本当に応援しようと思ってくださる人たちがこれだけいたことです。現在、うちの会社の株主さんはすべて庄内のかたで、半分ぐらいは鶴岡の企業や個人のかた、もう半分ぐらいは酒田のかたなんです。大企業や中央資本が地方都市の街づくり投資に本音では尻込みをする中、地元のことは地元でなんとかしなければならないと、皆さんすごくリスクを取ってくださっています。

庄内は温厚で奥ゆかしい方々が多い地域だと感じているんですけど、人口減少へと進む地域の現実を前にして、いざ本当に何かをやろうと決めた時の爆発力が凄まじいわけです。もともとこの場所には『沈潜の風』という言葉があって、奥ゆかしさを示すと同時に、深く潜ってからバネを利用して大きくジャンプする機会を伺うという意味も含まれているそうなんですね。新しい取り組みを支援してくださるその姿勢からは、その意識が息づく場所なんだと強く実感させられます」

資本金10万円で創設したヤマガタデザインは現在、約23億円の資本をすべて地元の企業や個人から集めた。そして、会社設立から現在に至るまでの間、加速し続ける地域からの応援にとことんまで応えるため、地域に必要なことをなんでもやると決めた山中は、現在進行形のプロジェクトとして、先述したSUIDEN TERRASSEとKIDS DOME SORAIに加えて、IRODORIファームという農園づくりも進めている。

雪国である庄内において地元産の野菜を年間供給するために、ハウス栽培と熱エネルギーを活用した促成栽培システムおよび、地域の畜産業者と提携した自然循環型農業システムに投資し、強い自給自足圏の構築を目指している。本年6月に初収穫の予定であり、最初は年間に150トン、3年後に1000〜1500トン、10年後には9000〜10000トンの生産高を目指す。「陸の孤島」と呼ばれることも多く、それ故に独自の土地の魅力が残る庄内だからこそ、いざという事態に備えて、より暮らしやすい庄内の実現に向け、自給自足の体制を確立することが必要不可欠だと山中は考えている。

「もともと『街づくり』って中身がない胡散臭い言葉だと思っていたんです。ズルい言葉で嫌いでした。だけど裏を返せば、農業だって、何だって、街づくりの一環だということができてしまうということです。庄内に必要なことをすべてやる、と言っている私たちにとってはこの言葉は凄く都合の良い言葉だな、と気がついて、それ以降は自分たちのことを、胸を張って街づくり会社だと言うようになりました。今後も庄内における多様な街づくりを加速しますよ」

ヤマガタデザインの在る未来

「当然にクリアすべきことは、事業として再生産可能なキャッシュフローを得ることです。我々がやっていることは綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、ここに事業としての経済持続性がない限り、私たちは地域や社会に対してなんの存在価値も持てないと思っています。SUIDEN TERRASSEやSORAI、IRODORIファームがうまく運営されれば、おそらく年間数億円の経常利益を出すことができます。それをまた地域に再投資して、循環が生まれることで初めて私たちの取り組みは成功だといえると考えています」

そして山中はこう続ける。

「しかしながらお金というものは、手段でしかありません。一番大切なことは、この街の未来にみんながワクワクすることであり、庄内の人すべてが未来に向けた希望を語る状態を実現することです。希望を語る人は人を惹きつけ、すなわち庄内の人すべてがこの街に人を集めるための求心力になることが理想です。私たちはそのための街づくりを、サスティナブルに、クリエイティブに、実現し続ける集団でありたいと考えています。」

山中率いるヤマガタデザインがチャレンジを続ける姿勢は、庄内の空気を動かし続ける。

ヤマガタデザイン代表取締役
山中 大介 ヤマナカ ダイスケ

1985年東京都生まれ。三井不動産で大型商業施設の開発と運営に携わったのち、2014年に山形県庄内地方に移住し、街づくりを担うヤマガタデザイン株式会社を設立。庄内サイエンスパークの開発を指揮し、2018年にはコミュニティホテル「SUIDEN TERRASE」と子どもたちの遊戯施設「KIDS DOME SORAI」をオープンする。

ヤマガタデザイン株式会社

ここは山形庄内地方にある田園地帯。この場所から世界の街づくりの常識が変わります。「今を生きる人々が、未来を考え行動する」大人から子どもへ受け継がれる街づくりを今、地域の手で。
山形県鶴岡市覚岸寺字水上 246番地2