ヒト

イタリア・パルマの生ハムに匹敵する
庄内由来の材料でつくる無添加の生ハム。
20年来の夢を形にし、食の感動を届ける。

株式会社東北ハム 代表取締役社長 営業本部長兼任

帯谷 伸一

オビヤ シンイチ
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明治22年、旧鶴岡町の私立忠愛小学校で、貧困児童を対象に無料で学校給食を用意したのが日本の学校給食の起源だと言われている。食品メーカーとして、食文化を通じて子どもたちに「こころ」を伝える義務があるという考えから、東北ハムは古くからハムやソーセージを学校給食に提供してきた。そして今、鶴岡から国内外を問わず質の高い食文化を発信していくべきだと、東北ハムで代表取締役社長を務める帯谷伸一は語る。

大学を卒業して、東京の食肉メーカーで2年ほど修行した。スーパーマーケット西友の精肉部門を専門で扱う会社で、ひたすら豚肉を扱った。実際に豚肉に触れ、カットし、毎日相当な量を製品化していた。そして庄内に戻り、父親が社長を務める東北ハムに入社すると、今後、ハム・ソーセージをつくる企業としてどのような特色を打ち出すべきかと考え、添加物を極力使わない製品づくりをするという考えに至った。食品産業に携わりながら、『食品を見わける』などの著書を持つ食品コンサルタント、磯部晶策氏が提唱する「食品づくりの四条件」「食品づくりの四原則」と出会ったことが大きかったという。

「食品づくりの四条件」
1. 安心して食べられること
2. ごまかしのないこと
3. 味のよいこと
4. 品質に応じた買いやすい価格

「食品づくりの四原則」
1. 原材料の厳選
2. 加工段階の純正
3. 時代環境に曲げられない一徹な姿勢
4. 消費者との関係重視、つまり99%消費者との立場の自覚

「古くよりハムやソーセージづくりに発色剤は不可欠だと考えられていました。実際に私の叔父にあたる弊社の先代も発色剤を抜くことには否定的で、豚肉の獣臭さが出てしまい、ハムとは似て非なるものができてしまうと考えていました。しかし私は磯部先生の考え方に共鳴し、発色剤を使用しないハム・ソーセージづくりに取り組みました。実際に先代が言う通り、ただ発色剤を抜くだけでは獣臭が出てしまい、美味しいものができない。そこからは磯部先生にも協力いただいた、色々と研究を重ねました」

純庄内産の食材にこだわる

一つは、熟成という工程を加えること。肉を熟成させることで、肉自体が持つ旨味成分としてのアミノ酸を丁寧に引き出そうと試みた。そして、地元のトラヤワイナリーが製造する山ぶどうワインでフレーバーを加える。これも効果がある。原材料の豚肉を厳選する上で、タイミングも追い風となった。最上川ファームが新しい豚舎を立て、庄内SPF豚という、特定の病原菌を持たないように育成する方法で大きくなった豚肉を試してみると、風味があっさりとしていて畜臭も出にくく、脂の質もいいハム・ソーセージに最適な豚肉だということがわかった。いくつかの要素が重なり、無添加でいけるという手応えをつかんだ。

「発色剤には、豚肉の獣臭だけではなく食中毒を引き起こすポツリヌス菌の増殖を抑える効果があるので、発色剤を使わずにハム・ソーセージづくりを行うためには、衛生的な工程を徹底しなければいけません。それと、鮮度のいいSPF豚を厳選することで、獣臭の心配もなくなります」

そして今、東北ハムが関わっているプロジェクトの一つに、山形大学が推進する「庄内スマート・テロワール」というものがある。株式会社カルビーで相談役を務めた松尾雅彦氏が提唱した、地域内での完全なる循環型の食生産を庄内で実践しようという取り組みだ。庄内豚に、山形大学の農場で育てた小麦やトウモロコシ、馬鈴薯、大豆などを配合した飼料を与え、屠殺した豚の肉を東北ハムでベーコン、ロースハム、ウィンナーにする。まだ規模は小さいが、大豆から豆腐を作ったり、馬鈴薯はコロッケやサラダにしたり、加工品のジャンルの幅を広げながら、庄内の食文化をさらに豊かなものにしていく。

「例えば、規格としてきちんと売れるジャガイモはそのまま販売し、傷ものであったり、形が悪かったりするものについては、加工品や豚の餌に回そうという考え方です。食品ロスの削減にもつながりますが、きちんと循環させるためには、農作物の量をある程度増やさないと豚の飼料に回せる分が出ませんし、規模の拡大は課題です。ただ、消費者の方には評判もいいですし、地元で理解していただく生産者の方々も増えているので、確実にネットワークは広がっています」

パルマ産プロシュートに匹敵する鶴岡産生ハム

東北ハムではかつて生ハムを作っていたが、10年ほど前に一度生産をやめたことがある。加熱殺菌を行わず、乳酸菌発酵によって腐敗細菌を防ぐ生ハムの製造と、無添加にこだわり、衛生面を徹底しながら加熱殺菌を行う通常商品のハム・ソーセージの製造とが干渉し合うという考えからだった。

「無添加ハム・ソーセージの品質を安定させるために、泣く泣くやめたというのが正直なところです。しかし実際に、加熱ハムとソーセージの品質が非常に安定したので、生ハムと同じ工場で製造するのはよくなかったんだということを確信することができました。ただ私は、本物の生ハムを作りたいという20年来の夢があったので、それをいつできるか、タイミングを見計らっていました」

東京の精肉メーカーを退社し、東北ハムに転職するタイミングで、業界紙が主催するヨーロッパへの視察旅行に参加した。20日間ほどの旅行で、最も印象に残った場所がイタリアのパルマだった。パルマ産プロシュートの日本への輸出解禁が間近だったこともあり、「原料の入荷から仕込みの方法まで、ここまで見せてくれてもいいのかなと思えるぐらいに」公開してくれた。

「その時に試食した生ハムが感動的に美味しかったんです。ボウル一杯分ぐらいをむしゃむしゃ食べてしまえるほどに夢中になりました。そして、現地の職人が語ってくださる思い入れと時間のかけ方も、本当に刺激的でした。私もいつか同じように長期熟成型の本物の生ハムを作りたいとその時から思うようになりました。そして今から5〜6年ほどでしょうか、ワインブームなどもあって生ハムのシェアが伸びるタイミングがあったので、生ハムを再開することに決めました」

通常のハム・ソーセージの工場とは別棟があり、小規模の施設も工場内に眠っていた。タイミングは今しかない。ようやく20年来の夢を叶える時期がやってきた。

「国内では、帯広畜産大学の三上正幸教授という方が生ハムの権威だと言われていることを知り、弊社の技術者と一緒に三上教授を訪ねました。製法を見せてくださり、食品衛生法をきちんと守りながら、工夫を重ねて製造していることを教えてくださいました。そこで弊社でも、三上教授から教わった製法をベースに、研究を重ねることにしました」

イタリアでDOP(保護指定原産地表示)のパルマプロシュート(伊: Prosciutto di Parma)を名乗るための条件として、12ヶ月間の熟成期間を設けることが義務づけられ、18ヶ月間が標準といわれる。「イタリアの原料を使って、イタリアの環境でやった時の適正期間が18ヶ月なのかもしれない」と考えた帯谷は、鶴岡で最適な熟成期間を探ることにした。

「慶應義塾大学の先端生命研究所さんに協力していただいて、メタボローム解析装置を使って、熟成期間6ヶ月、12ヶ月、18ヶ月、24ヶ月のそれぞれの生ハムを分析しました。山形県工業技術センターでは、味覚センサーという味の成分値をデータ化できる機械で旨味成分をデータ化しました。同時に、慶應の職員の方々を中心に130名ほどの一般の方にご協力いただいて、人間の味覚や嗅覚などを使って評価していただく官能検査も行いました。その結果、18ヶ月のものが最も評価が高かった。そこで、地元の原料を用いて鶴岡のこの環境で、18ヶ月熟成した生ハムを一つの完成形として商品化することが決まりました」

最上川ファームから仕入れる庄内SPF豚を使い、日本海(笹川流れ周辺)の海水塩、胡椒、さらには庄内産「はえぬき」の米粉を使う。赤身肉の切断面がむき出しになっていると水分が蒸発してしまうので、ラードと米粉を2対1ぐらいの割合で混ぜ、塗りつけることで乾燥を防ぎ、内部での熟成を促進する。そこも地元産を徹底する。

「日本は食品衛生法で肉の重さに対して6%の塩を使わなければいけません。イタリアにはその法律はないので、比較するとパルマ産よりも塩分は高く感じられます。ただし、庄内SPF豚が持つ雑味のない繊細な風味は、間違いなくイタリア産では味わえません。また、イタリアの職人は肉の塊を手で触り、目分量で塩をポンポンと振っていきますが、私たちは一本ずつ重さを測り、塩も計量して丁寧に塗っていく。イタリア産と勝ち負けを決めたいとは思いませんが、日本人のまじめさ、ものづくりの姿勢というのは、日本らしい生ハムに反映されているのではないかと思います」

実際に、2018年のドイツ農業振興協会(DLG)の国際品質評議会で、東北ハムの庄内プロシュート「ノービレ」は、金賞を受賞した。今も週1日は集中的に生ハムづくりの作業に時間を費やし、生ハムづくりに関しては全工程を帯谷が担当している。東京の精肉メーカーで覚えた包丁さばき、肉の繊維の見極め方など、修行時代の経験が改めて活かされている。

「大学時代に管弦楽部でフレンチホルンを吹いていたのですが、高校時代のブラスバンドとは違うオーケストラでの楽しみに夢中になりました。自分が感じていることをイメージして自分なりに表現することが、聴く人の感動につながったりするわけですが、それは食においても同じだと思うんです。大学時代に情熱をかけてやってきたことが、今にも活かされていると感じています」

経営者としての視点も同様だ。オーケストラの指揮者がタクトを振り、演奏家たちの意識をひとつの方向へと導く。組織に欠かせない指揮者として帯谷が率いる東北ハムは、鶴岡から発信する食文化の一端を担う。

「私は『敬天愛人』という言葉を、何をする上でも守っていくべきものだと感じています。決して自己中心的になってはいけない。仕事の上でも、損得勘定だけに従って物事を判断すると、大体は失敗します。やはり、人として正しいか正しくないかを判断基準にする必要があります。利他の気持ちを持って、社会のためになるか、周りの皆さんのためになるかを考えて物事を判断すると、結果として肯定的に物事が進む。一生をかけて、この言葉を実践できるように追求したいですね」

株式会社東北ハム 代表取締役社長 営業本部長兼任
帯谷 伸一 オビヤ シンイチ

大学を卒業して、東京の食肉メーカーで2年ほど修行した。スーパーマーケット西友の精肉部門を専門で扱う会社で、ひたすら豚肉を扱った。実際に豚肉に触れ、カットし、毎日相当な量を製品化していた。そして庄内に戻り、父親が社長を務める東北ハムに入社すると、今後、ハム・ソーセージをつくる企業としてどのような特色を打ち出すべきかと考え、添加物を極力使わない製品づくりをするという考えに至った。食品産業に携わりながら、『食品を見わける』などの著書を持つ食品コンサルタント、磯部晶策氏が提唱する「食品づくりの四条件」「食品づくりの四原則」と出会ったことが大きかったという。

株式会社東北ハム

1934(昭和9)年に地元の資本家や政治家の出資で創業した、日本全国でも最古参のハム・ソーセージメーカーのひとつ。戦後の財閥解体によって、漬物屋を営んでいた帯谷幸次郎が事業を引き継ぎ、品質の高いハム・ソーセージづくりを目指した。2002年に山形さらど事業協同組合に加盟し、無添加の食品づくりに着手。「食を通じてお客さまに感動と喜びを提供すること」を経営理念に掲げ、質の高い食文化の発信を続ける。現在、鶴岡市内の学校給食で提供されるハム・ソーセージ類の製造も一手に担っている。
山形県鶴岡市宝田3-6-58