ヒト

健康な食が健康な社会を作る。
庄内で循環型農業を実現し、
社会のモデルとして発信する。

平田牧場 代表取締役社長

新田 嘉七

ニッタ カシチ
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1953年、庄内地方の旧平田町で養豚を始めた農家の青年たちがいた。その一人が、平田牧場の創業者である新田嘉一だった。やがて「平田牧場金華豚」と「平田牧場三元豚」という2種のブランド豚を開発し、美味しく安全な豚肉を生産する企業として全国的に知名度を上げた。2代目として会社を継いだ新田嘉七は、豊かな食生活・食文化を提案するという先代の方針を引き継ぎながら、時代を読み取り環境問題にも取り組む。

「うちの父は稲作農家の16代目だったんですが、米を作りながら養豚もしていて、30歳で独立して稲作から養豚へと移りました。国が復興していくなかで豊かになっていくと、米だけではなく人々が動物性タンパク質を求める時代が来ると考えていたんですね。私が小学校に入る1964年の創業時は人手も多くはなかったので、大変だったと思いますよ。だから、私は大学を出てから食肉学校に半年ほど通い、家業を継ごうと思って庄内に戻ってきました」

平田牧場の創業当時、新田は父親が苦労する姿を見ていた。丁寧に健康な豚を育てていても、3年ほどの周期で「ピッグサイクル」と呼ばれる価格変動が起こっていたため、安定した生産と供給をなかなか実現できずにいた。

「売れ行きがいい時期には豚肉がなくなって価格が暴騰して、ちょうどよくなってきたと思うと、今度は余って価格が暴落して、というサイクルの繰り返しだったんです。自分たちで金額を決めて売ることができない状況をどうにかしないといけないということで、飼育から加工、販売まで一貫したルートの構築を目指しました。ダイエーさんに卸していたのをやめて、地元の生活協同組合に産直という形で納入するようになった。安全で健康な豚を育てることにこだわるための決断です」

無添加ポークソーセージの生産に成功

安い価格で大量に商品を流通させるのではなく、安全で品質の高い品を生産コストに見合った価格で流通させること。体にいい食べ物を消費者に届けたいという思いで生協と手を組み始めた平田牧場は、消費者の顔が見える産直提携のルートを確立させた。無添加のハムやソーセージなどの開発も、生協からのリクエストを受けてスタートした事業のひとつだ。

「これだけ質のいい豚肉を生産しているんだったら、食肉と同時に、無添加のウィンナーを作って欲しいという生協さんからのリクエストがありました。当時は添加物がいっぱい入った赤いウィンナー中心だったから、無添加で無着色のハムとソーセージというのは市場に出回っていなかったわけです。技術的にも難しかったんですね」

ドイツからマイスターを呼び、ハムとソーセージの製造技術を1から学んだ。自社の純国産豚肉を使い、塩や砂糖などのあらゆる素材を厳選することで、豚肉本来の美味しさが詰まった無添加ポークウィンナーを1986年に完成させた。そして、冷蔵車での輸送が一般的でなかった当時、生協との共同出資で冷蔵状態のまま商品を輸送できる食品輸送会社を設立し、無添加ポークウィンナーの生産と流通に成功した。

「ハムやソーセージは添加物のかたまりみたいに言われてきた食品なんで、きちんと素材のよさを生かしたものを作りたいという思いで開発が始まりました。作り続けて40年ほどになります。法律で許容範囲内の添加物を使って商品を作るのではなく、安心して食べられるものを、自分たちも安心して毎日食べられるものを作りたいという思いですよね。保存料を入れないと当然腐りやすいわけですから、それを理解して、無添加を求めてくれるお客さまとつながることができたのは大きいですよね」

養豚から始まり、食肉と加工食品の生産態勢を確立させた。生協の会員に商品を届けるのと同時に、ブランドとして平田牧場の活動を伝えるために直営店の営業も大事にしている。

国の減反政策を変えさせる提言

「前提はお客さまの要望に応えられるように養豚から流通までを一貫して行うこと。無添加のものを届けるために生協さんとお付き合いをした理由はそれです。そうすると、本業としての食肉の産直業務が忙しくなってきて、生協の会員の方には認知していただいているけど、地元の誰もが平田牧場がやっていることを知っているかというと、そういうわけではなかったわけです。

そこで、うちの会社ではこういう健康な豚肉を生産していて、無添加のハムとソーセージを作っていますと、自分たちでお店をやるのが一番だと考えて直営店をオープンしました。こうやって食べられるんですよと、トンカツを中心としたレストランを作ったのも同じ理由ですね。自分たちが作るもののよさを伝えるために、自分たちの価値を発信する場所としてお店は重要な役割を担っています」

大規模にチェーン展開をすることは考えていない。社員たちが自分たちのアイデンティティをきちんと把握するための場として直営店を経営し、お客さまからの声に耳を傾けながら自分たちの価値を高めていく。「停滞することなく、常に成長していかないとダメだ、という話は父ともよくしていました」と、新田はイノベーションの重要性を説く。

「日本は米の自給率が100%で、年間で800万トンの生産をしているんですが、その一方で70%の穀物を輸入していて、家畜だと2000万トン近く、輸入したトウモロコシや大豆、小麦などを飼料用に使っています。そして、米の消費の減少や農業従事者の高齢化によって、国は減反政策を進めてきました。田んぼが持つ農地としての役目を放棄させてしまう政策です。

その制度はおかしいと、お客さんである生協の組合員の方から意見をいただいたので、休耕田となっている田んぼを復活させて、飼料用米を作れないか研究したんですね。10枚の田んぼのうち4枚が休耕田となっているので、その4枚で飼料用米を育てれば飼料用穀物の輸入は減って、現在30%の穀物自給率を50%まで上げられるという試算を出したんです」

その施策を行政に提案するために、まず新田が説いたのは、水田が持つ多面的な機能だ。休耕田として荒れたまま放置されてしまうと、害虫の繁殖などによって地域の環境は悪化してしまう。しかし、水田には貯水機能があり、緑の保全という観点からも稼働させておくべきだ。養豚場の蓄糞を堆肥にして、農地に還元することまで含む循環型農業の提案を行った。30年以上前に平田牧場が生協と協働で3枚の休耕田を復活させ、飼料用米を育てることからスタートすると、全国各地から視察も訪れ、現在は日本全国で100万枚の休耕田復活するまでに至った。

良質なタンパク質としての豚肉

「庄内は元々米どころですから、ここで休耕田となっている田んぼを復活させれば、農家の仕事も増えていい循環が社会に生まれる。平田牧場の仕事は、養豚や食肉の生産というのはもちろんなんだけど、もう一つ、社会のためのモデル作りみたいなことも考えているんですね。

無添加による食の安全を発信し続けるのもそうだけど、ただ与えられたものを割引で買う、みたいな食への意識は改善されたほうがいいと思うし、循環型農業が地域で実践されて健康な食材が生産されるようになれば、生産者も消費者も健康になれますよね。健康だとハッピーになれるじゃない。実際に、庄内での取り組みをきっかけに、国は減反政策を変更したわけだから、小さいことからでも続けることは大事ですよ」

安全で健康に良いだけではない。「日本の米育ち 平田牧場 金華豚・三元豚」は、飼料設計や給与技術の改善から、柔らかく旨味や甘味にコクのある肉質の実現までが評価され、2018年3月に「第1回飼料用米活用畜産物ブランド日本一コンテスト」で、農林水産大臣賞の栄誉に輝いた。

「豚肉はタンパク質として最高ですよ。ビタミンB1が豊富で疲労回復にもいいですし、幸福感を出す物質をたくさん含むとも言われています。私は毎食のように豚肉を食べていますけど、庄内だと四季折々の食材がありますから、何にでも合う豚肉は季節ごとにいろんな食べ方ができる。安全と健康にこだわって育てていますから、うちの豚肉は私に限らず社員みんなが自信を持ってオススメできますよ」

平田牧場 代表取締役社長
新田 嘉七 ニッタ カシチ

1957年、飽海群平田町(現・酒田市)生まれ。81年3月に成城大学を卒業し、翌82年4月に平田牧場の常務取締役に就任。1988年9月には系列会社の太陽食品(現・平牧工房)の代表取締役に就任し(現職)、平田牧場の業務と並行して、ハムやソーセージなどの加工食品の生産に携わる。1999年6月、平田牧場の代表取締役に就任する(現職)。

株式会社 平田牧場

平田牧場グループは、より豊かな食生活・食文化を提案する“感動創造企業”として、おいしく健康に良い食材の生産やお客様に高いご満足を提供できるよう、力を尽くしてまいります。
山形県酒田市みずほ2丁目17番地8