ヒト

信頼関係なくして技術指導なし。
アフリカでの体験を原点に
地域に愛されるチームづくりを目指す。

プレステージ・インターナショナル アランマーレ監督

北原 勉

キタハラ ツトム
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イタリア語でオレンジを意味するarancia(アランチャ)と、海を意味するmare(マーレ)を組み合わせた造語である「アランマーレ」。株式会社プレステージ・インターナショナルのコーポレートカラーであるオレンジと、海のイメージに由来する名前を持つ女子バレーボールチームとして2015年4月に設立した。監督を務める北原勉は、「地域に愛されるチームづくり」に意欲を見せる。

大学時代まで北原は、選手としてバレーボールに打ち込んできた。卒業後の進路を考えたときに、選手としてプレーを続けるか、指導者としてバレーボールに関わるか、悩んだ末に大学4年次よりコーチを始めた。

「今までになかった初めての壁にぶち当たりました。自分が選手の時は、自分ができることをやれば良いから楽だったんです。でもコーチになると、試合中に自分がコートで手を動かすのではなく、コート内の選手たちだけで考えてプレーする方法を伝えなければいけない。シンプルなんですけど、とても難しいことで、その時に『信頼関係無くして技術指導なし』ということを学んだんです。では、どうやって信頼関係をつくる能力を得られるか。文化も何もかもが違うところに行って、そういう土地で知らない人たちと関係を築くことに成功すれば、どんな状況でも信頼関係を構築する力がつくんじゃないかと思ったんです」

アジア圏やアメリカなどのように、日本人が観光で気軽に行ける国や地域以外で探したい。北原の目に止まったのは、青年海外協力隊の募集だった。アフリカのエチオピア。「ここだ」と思ったという。

「エチオピアではストリートチルドレンなどの子どもたちと一緒にバレーボールをすることから始めました。エチオピアには支援物資として睡眠導入剤や感染症予防の薬が届くのですが、子どもたちにとってそれらの薬は必要不可欠な状況でした。しかし、バレーボールなどのスポーツを一緒にやることで、薬とは違った方法で健康を手に入れられることがわかりました。」

善くて強いチームをつくる

北原は2年強、エチオピアで暮らした。ストリートチルドレンなどへのボランティアに始まり、やがてエチオピアのジュニア代表チームをコーチするようになり、北京オリンピックの予選を前に、代表チームを率いるまでになっていた。だがそう簡単に物事は運ばない。

そのときエチオピア代表は、オリンピックへの出場を見込めるほどに実力がついていたのだが、そうなると、地元の協会も外国人である北原にチームを任せるのではなく、地元の指導者で北京を目指したいという気持ちが芽生えてくる。選手や関係者から支持を受けていた北原だが、理事会では役員たちの間でお金も動いたのだろう。仲間だと思っていた関係者も1人ずつ北原の側を離れ、やがて監督のポストを解任されてしまった。

「人生で初めて引きこもりのような状態になってしまったのですが、一番仲よくしていた選手がある日突然、家を訪ねてきたんです。弁護士を目指すアンボという頭のいい選手だったのですが、彼が『今お前に何が起きてるのか知ってるぞ』と。選手たちには何も伝えていませんでしたが、練習に行くことも禁じられていたので、気づいたのでしょうね。

温厚な彼でしたが『親友じゃなかったのか』と怒られたんですよ。『良いときも一緒にシェアするし、辛いことが起こったときもそれをシェアするのが親友だろう。バレーボールで良いときを一緒にシェアしたのに、なんでお前は今これだけ辛い状況を俺とシェアしないんだ』。いまだにジェスチャーを忘れられないのですが、『これぐらい辛いことがあったら、俺に話してくれたらこれが半分になるかもしれないじゃないか』と言ってくれたんです」

北原はこのエチオピアの体験が、コーチとして選手たちと関わる原点になっているという。

「人として豊かな人間となるように選手たちをコーチングし、善くて強いチームを作りたい」

チームづくりをゼロからスタート

空港ではアンボの見送りを受けてエチオピアから帰国したのが2006年のこと。ナショナルトレーニングセンターの立ち上げに携わると北京オリンピックの代表選手たちをサポートし、多くの日本代表選手を輩出するJTの女子バレーボールチームでもコーチを務めた。人気チームでリーグ優勝など日本一も経験したが、次は無名のチームから日本一になる夢を抱くようになる。そんな時にプレステージ・インターナショナルから創立予定の女子バレーボール部の監督の依頼を受け、そこに新たなやりがいを見出すことになる。

「社長が『地元に愛されるチームを作りたい』ということを熱心に話してくださったんです。『会社を創立して、続けるうちに東証一部にも上場して、自分たちの利益だけを考えるのではなく、地元の人と一体になって成長していかないといけない。それを私はスポーツで実現したいんだ』という言葉と、そのオーラに本気を感じたので、私も本気で関わりたいと思ってこの仕事を受けることにしました」

ゼロからのスタートだった。プレステージ・インターナショナルにとって、スポーツチームを運営すること自体が初めてで、最初は9人からスタート。「環境や体育館などの形よりも、まずは人づくりから」という北原の考えから、先述の「善くて強いチームをつくる」「地域の人たちに愛されるチームになる」という考えを組織に浸透させようとした。午前中は仕事をし、午後に近所の山形県立産業技能短期大学校の体育館を借りて練習をする、というサイクルからスタートした。

「2015年は国体予選も学生に惨敗するなど散々でしたが、善くて強いチームをつくるためには、やはり最初にお話ししたチーム内の『信頼関係』が必要だと思うんです。コート上では監督と選手という関係ですが、コートを離れればバレーボールの仲間だし会社の同僚でもあるので、そのメリハリをつけて互いを信頼することができれば、目標達成への意識も共有できるはずです。最初はそこを意識して、チームの根底の部分を固めることを目指しましたね」

2015年はV・チャレンジリーグⅡに参戦するも大きく負け越し、最下位でシーズンを終えたが、翌年には勝ち越しを記録した。そして2018年シーズンには、V. LEAGUE DIVISION2 WOMENにカテゴリーを上げ、リーグ10チーム中4位で終了した。

「毎年、年度の初めに中長期計画をピラミッドとして考えるキックオフミーティングを行います。上から3段に分けたピラミッドの一番底辺にあるのは『善くて強いチーム』。これはずっと変わりません。そして真ん中が、人間力。チーム内の個人が人としてどう成長できるか、それがチーム力にも反映されるという考え方です。そして一番上に、技術的な話がきます。去年まではバレーボールスキルとフィジカルスキルを1対1で考え、具体的なプログラムを計画していたのですが、今年からはそこにミーティングスキルという項目も加えました。

練習量を増やすことよりもまず、選手たちができていないことややるべきことを理解してバレーボールやフィジカルトレーニングをした方が、スキルが伸びるスピードは上がります。私はコーチングにおいて、自分がすべてを言葉にして伝えてしまうのではなく『気づき』というものを大事しています。選手たちにも『善くて強いチーム』というコンセプトは浸透してきたので、キャプテンと副キャプテンを中心に選手同士でのミーティングの機会も自然と増え、上手く回るようになってきました」

努力の先につかめるもの

チーム発足にあたって庄内地方にやってきた北原は、「地域に愛されるチーム」をつくるために、まずは地域のことを知ろうと考えた。ひたすら自転車で走り回り、海に行けば釣りをする地元の人に「何を釣っているんですか」と声をかけ、竿を借りて一緒に釣りをすることもあった。鳥海山ではトレイルランをしたり、玉簾の滝などの自然に癒されたり、そういったところから地域とのつながりも深まってきた。

「コーチングをする上での座右の銘として、『目指して努力。そしてつかめ』という言葉を自分に言い聞かせるようにしています。どんな小さなことでも良いのですが、目指して努力をしてみないと始まらない。それをすれば、成功か失敗かに関係なく経験値が生まれて、次に何をすべきか、今何が足りていないか考えが生まれ、次の行動につながってきます。今チームでは、上のリーグへ昇格を目指して努力をしている最中です。それを続けることで、いつも会場がチームカラーのオレンジで埋め尽くされるような、地元の皆さんに愛されるチームになるという夢をつかむことができると考えています」

プレステージ・インターナショナル アランマーレ監督
北原 勉 キタハラ ツトム

1980年、東京生まれ。東海大学を卒業後、青年海外協力隊に募集してバレーボールのコーチとしてエチオピアに向かう。2年ほど滞在し、エチオピアナショナルチームのコーチも務める。帰国後にナショナルトレーニングセンターの立ち上げに携わり、JT女子バレーボールチームや日本代表、アンダー18日本代表などのコーチを歴任し、2015年4月のプレステージ・インターナショナル アランマーレ創部より現職。

プレステージ・インターナショナル アランマーレ

株式会社プレステージ・インターナショナルが「地域を元気にしたい」「女性の活躍を応援したい」という思いから、2015年4月に設立した女子バレーボールチーム。2018年シーズンはV. LEAGUE DIVISION2 WOMENで10チーム中4位の成績を残し、ファイナル6に進出。4位でシーズンを終えた。
山形県酒田市京田4-1-1