ヒト

細胞が三次元的に自分の周りの世界と
どう関わっているかを考え続けたい。
私はずっとラボにいるだけで幸せ。

慶應義塾大学 先端生命科学研究所 特任助教 博士(理学)

ガリポン ジョゼフィーヌ

ガリポン ジョゼフィーヌ
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パリ第5大学大学院で細胞生物学を専攻して修士課程を、来日すると東京大学大学院で博士課程を修了、という理系エリートの道を歩んできたガリポン・ジョゼフィーヌ。2015年から鶴岡の慶應義塾大学先端生命科学研究所に籍を置く彼女に、サイエンスに興味を持った理由から庄内で研究を続ける動機まで話を聞いた。

親の仕事の都合で6歳までをカナダで過ごしたガリポン・ジョゼフィーヌは、小学校から高校までをフランスはブルターニュ地方の小さな村で暮らした。生物学をはじめとするサイエンスに興味を持ったきっかけを聞くと、田舎で育ったことは大きく影響しているという。

「子どもの頃によく森に遊びに行って、キノコを集めてきたりしていました。そうすると、お父さんが『君が安全だと言ったら私はこのキノコを食べる』と言うので、私は必死に調べるんですね。ちゃんと調べないとお父さんが死んじゃいますから。そうやっていろいろ採ってきては調べて、ということを繰り返してサイエンスに興味を持つようになりました」

エンジニアとして働いていた父親が、ガリポンが16歳の頃に他界してしまう。死因は癌だった。

「お父さんが癌になって、最初は医者になろうと思って医学部に入ったんですよ。しかしながら、病院で看護師さんを手伝うアルバイトをしたりすると、目の前に対処できる治療がない患者さんを見たりもするんです。お医者さんってもちろん素晴らしい存在ですけど、できることに限界があるということも実感したんです。じゃあ私は、今知られているサイエンスで人を治療するよりも、新しいサイエンスを作るための研究をしたほうがいいんじゃないか、目の前の患者さんの救いにすぐにはならないかもしれないけど、そっちの方が自分に合ってるんじゃないか、と思うようになりました」

医師として臨床を行うのではなく、研究者として医学に貢献する。そう考えたガリポンは、分子生物学の研究者の道に進む。細胞を採取し、その細胞をさらに細かく分子レベルに分けて解析を行うという分野だ。細胞が生き残るためにどの分子を使おうとしているのか、どのように外的なストレスに耐えようとしているのか、そうしたメカニズムの研究に取り組み始めた。

3Dプリンターとの出会い



タバコ培養細胞BY-2の小胞体・生データ提供 甲南大学 西村いくこ先生・上田晴子先生

「研究を続けていたら、あるときに知り合いの教授がとても綺麗な三次元顕微鏡データを持っていたんですね。じゃあ3Dプリンターを使って印刷してみたら、モニターでは気づかなかった何かが見えるんじゃないかと思ったんですね。それから3Dの細胞データを使って、3Dプリンターが読み取れるようなデータを開発して、その小さな細胞のデータを立体でプリントすることができたんです」

始まりは直感だ。そして実際に3Dで出力してみると、気づきはいくつもあった。3Dデータとはいえ、モニターに映された平面情報を頭で認識することの限界を感じ、何より、「自分が教科書的な情報に大きく縛られていた」ことに気づかされたという。

「文字を読んで勉強するだけではなくて、人間は本来、五感を使って色々と学び、考えを展開しないといけませんよね。一つの細胞の中には、車の工場と同じように、色々な部品となる分子の品質評価を行いながらも、それらを細胞の色々なところに届けたりする機構が細胞内の全体につながるネットワークになっているということは情報としては知っていましたが、実際に3D出力をして立体で見ることで、はっきり実感できるようになりました。今、一人の学生が担当している研究で、鮫肌を3D撮影して、その模型を作って水の流れの流体力学を検証しているのですが、そこにも3Dプリントは大きく役立っています」
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慶應義塾大学の先端生命研究所での肩書きは特任助教であり、学生の研究アイデアを実現するために可能な限り支援する役割を担う。アイデアがあっても実現手段に悩む学生たちに、具体化のためのアドバイスを行う。それは機材などの設備の話かもしれないし、予算集めが必要になってくるかもしれない。「誰もやったことがない研究を進めたい」という思いが、学生たちとともに研究を行う動機になっている。学生主導で進められる研究に携わる一方で、自らの立案から続けている研究もある。

「最近はゴビ砂漠に行ってきました。世界には、知られていない生物が無数に存在します。『トレジャーハンティング』というんですが、ゴビ砂漠のような極限環境に行って、ドローンで空気中の微生物を採取したり、土壌から見つけ出したりして、どういう環境でどのような生物、微生物がどのような役割を果たしているか研究する。それも、ラボに持ち帰る間に細胞が変質してしまうこともあるので、現地でできるような解析装置をポータブルな形にまとめて、発電機を回してサンプルの解析を行いました。9アンペアの発電機で、どれだけ小型にまとめられるか、実験手法の開発と実験を同時に行うような感覚です」

医療を志したところから遺伝子(DNA)やリボ核酸(RNA)の研究に展開し、3Dプリンターのためのデータ開発など多岐にわたる活動をしているようにも見えるが、全てを包括するのが「生物学」だ。

「私の中では全部がつながっていて、分野なんて存在していないんです。もし元々の専門以外について知る必要があれば自分でも調べて、実際にその分野に詳しい人に話も聞きます。一つ見えてきたのは、細胞が三次元的に周囲の世界とどう結びついているのか、どう関係をしているのかを理解することは、コンプリートな生物学を完成させるために必要です。分子単位に切り分けて分析するアプローチと、その立体的な関わりを両方知ることができれば、生物学がカバーする領域は大きく広がります」

そこで得られた研究成果は、再生医療などいろいろな分野に活用される基礎科学となる。オープンプラットフォームとなって誰もがデータにアクセスできるようになり、人それぞれに活用方法や解釈が変わり、一人の研究者が考えられる限界を超えて新たな研究分野の展開やテクノロジーの開発にもつながる。それを推し進めることが研究を続けるガリポンの原動力となっている。

「先端研の所長の冨田教授がよくいうのは『やる気のある人には邪魔をしないことが大事だ』と、こんなに広い施設で自由に思う存分、研究をさせてくれる。それともう一つすごくよかったのが、ここには高校1年生から入ることができる。ラボを立ち上げてから合計6人の高校生を指導してきましたが、若い世代からサイエンスの面白さを実感していただければ、それだけ可能性は広がります」

考えすぎずに動き出すタイミングが大切

ではなぜ日本だったのか。そこにも父親からの影響があったという。

「家にある電化製品は全部ソニーだったり、車がホンダでバイクがカワサキみたいな感じで、お父さんはよく『日本人は』『日本では』という話をしていました。エンジニアとして日本のバブル期に仕事でよく行っていたみたいで、当時の日本は世界初のラップトップパソコンをシャープが販売し始めたり、すごく進んでいたようなんです。アメリカに否定的でもあったということもあり、『本当のシリコンバレーは日本にある』みたいに盛り上がっていたので、学部を卒業する前後で日本という国に留学したいと思いました」

実際に来日してみると、「ワークライフバランスとかを大切にするフランスと違って、日本は私に合う国」という印象を抱いたようだ。それは彼女が根っからの研究者肌で、あるいは技術者肌であることに由来する。

「フランスだと日曜日には働かないのが普通ですが、そういうのは合わない人もいるんですよ。私はずっとラボにいるだけで幸せですし、別に家に帰りたいと思わない。フランスだとそんなの許されないけど、日本だと長時間働いても文句を言われない。例えば漫画家で引きこもって描き続けている人もいるし、研究に打ち込んでノーベル賞を取った人も何人もいるし、そうやって集中するちょっと変わった人を応援するみたいな。それってある意味すごく柔軟な国に思えます」

そして、科学と並んでもう一つ打ち込みたいものがある。格闘技だ。フランスの小学校ではフェンシング、学部時代は松濤館空手を経験してから、大学院ではテコンドーをしていた。庄内にきて、極真空手に移った。始めたきっかけを聞くと、こう即答した。

「燃える闘魂ですね。強くなりたいとももちろん思っているんですけど、それ以上に武道っていうのは、自分の限界と常に向き合う世界です。その限界に向き合って、ぶつかっていくと、少しずつ少しずつその限界が伸びていくんです。そのプロセスが好きなんですよ。ちょっと苦しいぐらいがちょうどいいんですよ。あまり楽なことばかりをしていると能力は下がります。程よいストレスが寿命も能力も伸ばすはずです。それは研究をしていても同じです。問題に出会ったら一つずつ向き合って解決しようとする。諦めずに積み重ねるしかありません。そうすれば限界は少しずつ広がっていきますから」

知的好奇心、集中力、その根源にあるバイタリティ。日本への留学を決めた際にも、東大から慶應の先端研への異動を決めた際にも、同じ行動原理が働いていた。その行動原理こそが、ガリポン・ジョゼフィーヌを自身が未だ想像できない未来に出会わせる。

「やるべきだと思ったら、やる気のあるうちにやらないと永遠に実現しない、と考えています。人のやる気というのは本当に一時的なものですから。やる気があるうちにやり始めないとチャンスは逃げてしまいます。準備ももちろん大切ですけど、やってみなければわからないことの方がずっと多いので、失敗を恐れずにとりあえずやってみるスタンスで行かないと。考えすぎずに動き出すタイミングが大切です。それで一度失敗したら、次から失敗しないように完璧を目指すスタイルで私は行動しています」

慶應義塾大学 先端生命科学研究所 特任助教 博士(理学)
ガリポン ジョゼフィーヌ ガリポン ジョゼフィーヌ

6歳までカナダで暮らし、フランス・ブルターニュで高校までを過ごす。2008年にパリ第5大学で細胞生物学を専攻して修士課程を、東京大学大学院理学系研究科にて生物化学専攻の博士課程修了。東京大学大学院で特任研究員、特任助教を務めたのち、2015年10月より現職。

慶應義塾大学 先端生命科学研究所

2001年4月に創設された本格的なバイオ研究所。 最先端のバイオテクノロジーを用いて、ゲノム、メタゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどの生物データを網羅的に解析し、大量のデータをコンピュータで分析・モデリング・シミュレーションして理解する研究を進め、それらビッグデータに基づく「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして世界中から注目されている。数々のベンチャー会社も誕生している。
山形県鶴岡市馬場町14-1